霜と霰と旅のほとりの歌


葦邊行鴨之羽我比尒霜零而寒暮夕倭之所念

葦辺行く
鴨の羽がひに
霜降りて
寒き夕は
大和し思ほゆ

あしへゆく
かものはがひに
しもふりて
さむきゆふへは
やまとしおもほゆ

志貴皇子

慶雲三年丙午幸于難波宮時
( 万葉集 巻1-64、雑歌 )


霰打安良礼松原住吉乃弟日娘与見礼常不飽香聞

霰打つ
安良礼松原
住吉の
弟日娘と
見れど飽かぬかも

あられうつ
あられまつばら
すみのえの
おとひをとめと
みれどあかぬかも

長皇子

慶雲三年丙午幸于難波宮時
( 万葉集 巻1-65、雑歌 )


万葉集/第一巻 – Wikisource


文武天皇の行幸に同行した二人の皇子が、
旅先の難波の宮で、それぞれ詠んだ歌。

鴨の翼の模様を霜に見立て、旅情に誘う。
暗がりに冴える霜の白さ冷たさに重なる、
寂しい夕暮れの水面に浮かぶ鳥の温もり。
旅先で想うのは、離れて待つ妻だろうか。

きらめく霰から連想する松の枝越しの
夜空の星や、揺れる水晶・真珠の飾り。
住吉(墨の江=天の川)の乙女の姿は、
港の娘か巫女、あるいは天女だろうか。

さりげない描写に美意識が凝縮された歌。
ストイックで幻想的な三十一文字の余韻。
万葉初期(第一巻)の皇子二人の表現は、
後の和歌にも静かな影響を与えたのでは
なかろうか。


( 2026.10.4 イラスト作成 Bing Image Creator )


白鳥の鷺坂山の松蔭に – レモン水

待ちつつぞ – レモン水


采女の袖


婇女乃 袖吹反 明日香風 京都乎遠見 無用尓布久

采女の
袖吹きかへす
明日香風
都を遠み
いたづらに吹く

うねめの
(たをやめの)
そでふきかへす
あすかかぜ
みやこをとほみ
いたづらにふく

志貴皇子
(万葉集 巻1-51、雑歌 荒都歌 飛鳥 地名)


飛鳥の地から遷都した藤原京は、
奈良時代の始まりを歴史に刻んだ。
その藤原京の住人となった後にも、
失われゆく飛鳥文化を懐かしみ、
棄てられた都の跡にたたずむ皇子。
旅の空には茫漠とした慕情が流れる。



万葉集/第一巻 – Wikisource

志貴皇子 – Wikipedia

藤原京 – Wikipedia

飛鳥京 – Wikipedia

采女 – Wikipedia


ミヅハノメノカミ – レモン水


( 2024.11.10 イラスト作成 Bing Image Creator )


君に似る草


於君似 草登見従 我標之 野山之淺茅 人莫苅根

君に似る
草と見しより
我が標(し)めし
野山の浅茅(あさぢ)
人な刈りそね

きみににる
くさとみしより
わがしめし
のやまのあさぢ
ひとなかりそね


作者不詳
( 万葉集 7巻1347番 寄草 )


万葉集/第七巻 – Wikisource


「君」という語があるので、
女性から男性への相聞歌かと思ったが、
男性から女性への想いを詠んだ歌とする
解釈が、検索やAIの見解ではほとんど。
「君」を身分の高い女性とすると、
野山の浅茅(注連縄で囲んだ?)は、
何か神聖なニュアンスを含むのだろうか。
浅茅(あさぢ)=チガヤに例えられたのは、
しなやかで爽やか、素朴な女性だろうか。