マグノリアの木


略)
(ああこんなけわしいひどいところを私は渡わたって来たのだな。けれども何というこの立派りっぱさだろう。そしてはてな、あれは。)
 諒安は眼めを疑うたがいました。そのいちめんの山谷の刻きざみにいちめんまっ白にマグノリアの木の花が咲さいているのでした。その日のあたるところは銀ぎんと見え陰かげになるところは雪のきれと思われたのです。
(けわしくも刻きざむこころの峯々みねみねに いま咲きそむるマグノリアかも。)斯こう云いう声がどこからかはっきり聞えて来ました。諒安は心も明るくあたりを見まわしました。
 すぐ向むこうに一本の大きなほおの木がありました。その下に二人の子供こどもが幹みきを間にして立っているのでした。
(ああさっきから歌っていたのはあの子供らだ。けれどもあれはどうもただの子供らではないぞ。)諒安りょうあんはよくそっちを見ました。
 その子供らは羅うすものをつけ瓔珞ようらくをかざり日光に光り、すべて断食だんじきのあけがたの夢ゆめのようでした。ところがさっきの歌はその子供らでもないようでした。それは一人の子供がさっきよりずうっと細い声でマグノリアの木の梢こずえを見あげながら歌い出したからです。

「サンタ、マグノリア、
 枝えだにいっぱいひかるはなんぞ。」
 向むこう側がわの子が答えました。
「天に飛とびたつ銀ぎんの鳩はと。」
 こちらの子がまたうたいました。
「セント、マグノリア、
 枝にいっぱいひかるはなんぞ。」
「天からおりた天の鳩。」

 諒安はしずかに進すすんで行きました。
「マグノリアの木は寂静印じゃくじょういんです。ここはどこですか。」
「私たちにはわかりません。」一人の子がつつましく賢かしこそうな眼めをあげながら答えました。


( 宮澤賢治「マグノリアの木」青空文庫より )

宮澤賢治 マグノリアの木