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ハニワくん ノート
(No.6)
・ Twitter @ginmuru_meru より ・
ー 星空のハニワくん ー
ほほをぺろぺろなめられ、目がさめた。
「やめろよシロ」
はなづらをおしつけてくるシロをなでてやって、
おきあがろうとすると、床がかたくてつめたい。
「あ、あれ……?」
体があちこち痛むし、さむい。
ここ、どこだっけ?
うすあかりにうかぶ、殺風景なコンクリートの部屋。
とびらがあいている。
「あけるな危険」としるされたとびらだ。
工事中の部屋はコンクリートが打ってあるだけで、
まだ床板もない。
知らずにとびらをあければ、ガクンと足もとが落ちこむ。
こりゃ危険だよ。
なげだされていた懐中電灯とリュックをひろいあげ、
ぼくはとびらの外へでた。
フロアにガラスが散っていた。
そうだった、あのとき……
とびらに手をかけたら大きくゆれて、
暗闇に放りこまれた。
シロがわんわん鳴いていたっけ。
「心配してずっとそばにいてくれたんだな、シロ」
ぼくは、シロをだきあげて頭をなでた。
あれは地震だったのか。
たおれた棚のガラスや、
実験用のビーカーや試験管が
こなごなにくだけていた。
「なゐの神があばれたんだよ、シロ」
ぼくは校舎をぬけだし、丘の上の工事現場から、
ほのかに夜があけかかる街をみおろした。
停電しているのか、街あかりはついていない。
「ゆずりの丘は、ゆすりの丘だ」
と、あのときハニワくんが教えてくれたっけ。
とおく海がみえた。
海はかわらない。
海だけは。
「ゆずりの丘」には、
ずっと昔の王さま姫さまのお墓があって、
丘の大岩におねがいすると、
日照りに雨がふったり、
災いからかくまってくれたり、
きれいなお皿や器をかしてくれたりするのだと、
幼い日にぼくは、
おばあちゃんから聞いた。
だけど……
ハニワくんとみおろした、
あの緑の森と田畑はもうない。
ハニワくんとみあげた王墓も、
みずがめの姫に剣をささげた大岩もない。
ただ、この丘からみはらす海だけは、
ハニワくんとみた海とかわらなかった。
工事現場にたたずみ、
ぼくは、水平線をながめた。
ゆっくりと空が明るみ、東の空に星がのぼった。
オリオンの三ツ星をおいかけて、
のぼってくるシリウス。
そして金星……明けの明星。
水平線にかがやくオリオン座は、
日の出をみちびき、
しだいにあわい光になりながら、
青い東天にゆったりとうかぶ。
「ハニワくん……」
よびかけても、答えてくれない。
「天網恢恢 疎にして漏らさず、って?」
やっぱり答えてくれない。
ふわふわついてきて、
困りごとがあるとなんでも教えてくれた
アニキみたいなハニワくんは、
もうここにいなくて、
たぶん星空ではたらいている……
そんな気がした。
自分がだれか思い出せてよかったね、ハニワくん。
朝風がひんやりつめたいけど、
ぼくはシロといっしょに
「ゆずりの丘」の坂道をかけおりた。
家にかえると、
さんざん父さんと母さんにしかられた。
未明の地震は、大きかったらしい。
「どこに行っていたんだ、心配したぞ」
父さんに問われ、なんとか思いついた言い訳は
「地震がくるすこし前に、
シロがおびえて外に飛び出したから、
あちこち探しまわっていたんだ、ごめんなさい」
だった。
あぁシロ……ごめん。
言い訳につかわれてもシロはおこらず、
クゥンと鳴いただけ。
勉強部屋のクローゼットをクンクンかいで、
しょんぼりシッポをたらして、
ぼくの顔をじっとみた。
そうだった、
工事現場でハニワくんをみつけてきたのは、
シロだった。
地震で机の本が床におちたりもしたけど、
クローゼットのおもちゃ箱はぶじだった。
おもちゃ箱の素焼きのハニワは、
よろいをきて、かぶとをかぶって、
剣をもっていた。
かぶとの下の目はぽっかり黒い穴で、
口をきりりとむすんでいる。
シロが、クゥンと鳴いた。
「ないしょだぞ」
ハニワくんには、
工事現場の土の山も、
博物館のガラスケースも、にあわない。
このおもちゃ箱は、ぼくとシロだけの秘密だ。
*
かごめかごめ
かごのなかのとりは
いついつでやる
月あかりの晩には、
どこからか
あどけない歌がきこえる。
そんな夜、
ぼくはそっと、
素焼きのハニワを
机にのせてみる。
月光をあびたその影法師が、
長くのびて床におちるとき、
ぼくはふと、ふりかえる。
また会える気がして……
うしろのしょうめん だあれ?
(終)
(2018.11.16)
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