剣が、大うなぎのもつれた輪をたちきった。
立っていられないほど、ぐらぐらと大岩がゆれた。
たまらず、ぼくは地にひざをついた。
どこからか、なつかしい歌がきこえてきた。
かごめかごめ かごのなかのとりは
いついつでやる よあけのばんに
つるとかめが すべった
うしろのしょうめん だあれ?
あどけない声……女の子だろうか。
歌声にさそわれるように、
頭上にさっと白い鳥がまいこんできた。
白い鳥とかさなるように、黒々とまるい影が夜空をおよぐ。
え、これって……
ツルとカメ?
いや、白いつばさではなくて、黒いカメでもなくて、
それは日食だった。
月影をふちどる、日輪の白いコロナだった。
ゆっくりとすべっていく月影のカメ。
白いつばさをひろげゆく陽光のツル。
ハニワくんをのせた白馬がまいおりた。
「もつれた時のくさりがとけた。
日月のつばさがはばたく」
まっぷたつの大うなぎをつつむ星のあみと、
ぼくの手にある剣とをみて、ハニワくんがうなずいた。
「みごとだった、ありがとう」
「ど、どういたしまして」
ハニワくんにほめられちゃったよ。
ほんのり空が明るくなって、あたたかな風がそよいだ。
かくされていた太陽が、かがやきはじめた。
足もとの大岩から世界がひろがり、ぼくは、
緑の田畑ときらきら光ってながれる川とを
みおろしていた。
川は、とおくみはらす海原にそそいでいた。
「なつかしい。このけしきだ、わたしが
『ゆずりの丘』から、いつもながめていたのは」
ハニワくんが白馬のたてがみをなで、つぶやいた。
建物や道でおおわれた今のけしきとは、とてもちがう。
はるか昔、ふかい森につつまれていた田畑や川。
「この丘に、わたしが仕えた王がねむっている」
「え?」
ハニワくんが、うしろをふりかえった。
つられてぼくも、ふりかえった。
ぼくらが立つ大岩からみあげる丘の頂きに、
しずかに王墓がまつられていた。
王墓は白い石でおおわれ、日をあびてまぶしく光る。
白い衣をまとった女の子がひとり、
素焼きのカメをささげもち、丘の上からおりてきた。
「だれ?」
「この丘をまもる、みずかめの姫だ」
ハニワくんがそういって、ひざまづいた。
ぼくも、ひざをついた。
「なゐの神をしずめてくださって、ありがとうございます」
みずがめの姫が、あどけない声でささやき、ほほえんだ。
あれ、この声?
「なゐの神?」
たずねると
「地をゆるがす古い神です」
あれれ、この声、やっぱり。
「かごめ歌をうたって、ぼくを呼んでいたのは、姫さまですか?」
みずがめの姫は、にっこりうなずいた。
「森にあそびにきた小さなあなたと、よくいっしょに歌いました。
おぼえていますか?」
ああ、よく大岩によじのぼってあそんだっけ。
あれからずっとひびいていた歌。
みずがめの姫が、もう動かない大うなぎに、うつわの水をそそいだ。
みずがめの水は、いくらでも流れおち、つきることがない。
星のあみがしずかに光り、
もつれて斬られた大うなぎは、すぅっと大岩にとけこみ、
あとかたもなくなった。
「なゐの神は、またこの丘に封じられました」
りんとした姫の声だった。
「ゆずりの丘は、ゆすりの丘だ」
「この地に生きた者から、つぎに生きる者へと、
ゆずられていく。みのりもわざわいも」
ハニワくんがいった。
「わたしは、この地で水を治める王に仕え、
田畑のみのりをゆたかにするため、はたらいた。
この丘にねむる王は、
なゐの神がしずかであるよう、みまもっている」
みずがめの姫は、ぼくにも水をそそいでくれた。
よごれた剣がきよめられ、
ぼくはてのひらに清水をうけ、そっとそれを飲んでみた。
つめたくすみきった水晶のような水が、体にしみわたった。
ぼくは、姫に剣をささげた。
うなぎが放ったいなづまの剣だから、
大うなぎが封じられた、この丘におくのがいい。
「さて、こぼれおちた星たちを、天にもどさなければ」
ハニワくんが、
大うなぎのぬけがらのような銀のあみを、すくいあげた。
「かえるぞ、のれ」
うながされて、ぼくは、ハニワくんといっしょに白馬にまたがった。
りんりん鈴をならして、白馬がまいあがった。
みずがめの姫と「ゆずりの丘」とが遠ざかる。
みおろす緑の丘に、
王の墓のかたちが、くっきりと白くうかんだ。
「あ、みずがめ!」
ぼくは、さけんだ。
丘の頂き、水をたたえた堀にかこまれ、
白いみずがめが、かがやく。
ふもとに流れる川へと、水をそそぐ王墓のかたち。
みずがめをいろどる三重の円。
色ちがいの石をしきつめたのか、まるで目のようだ。
王墓をかこむ堀は、かごのかたちだった。
かごめかごめ かごのなかのとりは
いついつでやる
姫の歌がきこえる。
白いみずがめをかざる三重円をよこぎり、
白い鳥がはばたいた。
鳥は、丘から森へ田畑へと、海をめざしてつばさを広げ、
ゆうゆうととんでいく。
ふきわたる風のように。
「王の魂は、風の道や水の流れにやどって、
田畑の実りをみまもっている、日月のめぐりとともに」
ハニワくんが、やさしい声でいった。
「光陰流水」
ぼくたちを乗せた白馬は、
海をみおろして空たかくかけのぼり、
いつしか星の川をさかのぼっていた。
「光は太陽、陰は月。
日月の流れは水のようにはやい。
しっかり学べよ」
ハニワくんが、銀のあみを宙になげた。
かぞえきれない星々が、いっせいにきらめいた。
りんりんと白馬の鈴がなる。
りんりん、りんりん……
ゆっくりとすべっていく月影のカメ。
白いつばさをひろげゆく陽光のツル。
数えきれない日食と月食をくりかえし、
夜明けと晩をくりかえし、
むすばれる時間。
かごめかごめ かごのなかのとりは
いついつでやる よあけのばんに
つるとかめが すべった
うしろのしょうめん だあれ?
なつかしい、あどけない歌声。
ぼくのなかを、
星の雨のように、たくさんの時間がながれていく。
りんりん、りんりん、鈴がなる……