風のつよい夜、
だれかによばれた気がして、ぼくはでかけた。
ハニワくんがふわふわ、シロがわんわんついてきた。
星くずみたいな街あかりをみおろす坂をのぼり、
くもがどんどんながれる夜空に黒くしずむ、あの工事現場。
「ゆずりの丘」の学校は、もうほとんど完成していた。
立ち入り禁止のさくがある。
ぼくはかまわず、そのさくをこえた。
だれかによばれているから。
だれもみてない、ハニワくんとシロのほかは。
シロはわんわん、ハニワくんはだまってふわふわ。
ハニワくんがなにもいわずついてくるから、
ちょっと心づよかったかもしれない。
立ち入り禁止のまっくらな学校に、
ぼくはしのびこんだ。
懐中電灯のあかりがゆらゆら。
水とう、塩あめ、パン、ドッグフード。
タオルにばんそうこう。リュックにつめてきたから、
もしも歩きつかれたら、まっくらパーティーしよう。
ハニワくんはなにもたべないけど、
ぼくとシロはおなかがすくかもしれない。
足もともおぼろげな、ずしりとおもたい暗やみだ。
だれかによばれてる。
なにかざわざわしている。
階段をのぼっても、まっくら。
懐中電灯の光にぼんやりうかんだのは、
いちめんたちならぶ本だなだった。
どの本だなにも、一冊も本がなくて、からっぽだった。
からっぽのはずなのに、なにかうごめいている。
なんだろう、やみより黒い、うねうね長い。
ぞくっとして目をこすると、
ただのからっぽの本だな。
ただの、からっぽ……
ざわざわ、ざわざわ……
しずかなのに、ざわついているんだ。
懐中電灯をたよりにすすむと、
たちならぶ本だなのまんなかに、おおきなまるテーブルがあった。
まるテーブルに、ぽかっとあわい火がともった。
鬼火、かな。
あおじろい火がふたつ、ゆらめきまねく。
「ほぅい、おきゃくさんよ。こちらにおいで」
ひくくささやく声にすいよせられて、
ぼくはまるテーブルのいすにこしをおろした。
とたんにぺかぺかといくつもの火がともった。
まるテーブルをかこんで、たくさんのかげが、
のんだりたべたりわらったりしていた。
うつわをわたされ、のみものがそそがれた。
「まあ、いっぱい。まぶしい明かりをけしなさいよ、
そうすりゃおたがい顔がよくみえるから」
となりのかげが、懐中電灯に手をのばし、ささやいた。
「のんではだめだ、かえれなくなる。じぶんの水をのめ。
あかりをけすな」
ハニワくんの声が耳にひびいた。
「じぶんの水、じぶんのあかりをまもれ」
ハニワくんのきりりとした声で、ぼくはわれにかえった。
テーブルのかげたちが、どよめきうたった。
あしたはない
むかしもない
とびらのむこう やみばかり
ないないづくしで
足がない
「歌のおれいに、もっているたべものをわけてやろう」
ハニワくんがいった。
ぼくはリュックからパンをだした。
「なんだ、これは。みたことがない、ヒエかアワか、なんのモチだ」
かげたちがさわぐので、つぎに塩あめをだした。
「うぬ、塩だ、塩だ。きよめられてしまう」
かげたちが、くるしげな声でさらにさわぐ。
シロのドッグフードをだしてみた。
「うわあ、なまぐさい」
かげたちがもだえた。
わん!とひとこえ、シロがドッグフードにとびついた。
とたんにテーブルの火がいっせいにきえ、
おおぜいいたかげたちは、ふっとかききえた。
あおじろい火がふたつ、すーっとすべってくる。
まるテーブルが、ぐにゃりとうごいた。
くろくてながい、うねうねしたおおきなやつだ。
あおじろい火は、ふたつの目玉だった。
ぬーっとくびをもちあげたそいつは、
テーブルではなくて、ばかでかいカイブツだった。
ヘビのようで、ヘビではない。
ムナビレやオビレがゆらゆらしている。
くろくて、ながい体。さんかくのちいさな頭。
まるで、まるで……
「う、うなぎ!大うなぎだぁ!」
ぼくはさけんで、懐中電灯をふりまわした。
てらしてもてらしても、小さなあかりはのみこまれ、
おもい暗やみがのしかかってくる。
大うなぎは、ぼくをとりかこむように闇をおよぎはじめた。
やつのとがった頭がオビレをおいかけ、シッポをくわえた。
ぐるぐる、あおじろい目玉がにらむ。
あしたはない
むかしもない
とびらのむこう やみばかり
ないないづくしで
足がない
またあの歌だ。大うなぎがうたうのか。
そりゃ、足はないだろう、うなぎだもの……
頭が尾をくわえて、ぐるぐるめぐる。
はじめもおわりもない、闇。
足の力がぬける。
ねむい。
ぼくは、懐中電灯をおとしそうになった。
わんわん!
ぼくのひざがガクリとおれたとき、
シロがあおじろい目玉にとびかかった。
「うつろな闇のあるじ、ふかき闇にかえれ」
しずかな声がひびき、きらりとひとすじ光がはしった。
つるぎをかまえたハニワくんが、大うなぎにきりこんだ。
ぼくをかこむくろい輪がちぎれた。
闇がかるくなった。
大うなぎはきえ、
空っぽの本だながぼくらをとりかこみ、たちならんでいた。
「ありがとう、シロ、ハニワくん」
ぼうっとしながらお礼をいうと、
ハニワくんは空っぽの本だなをみまわした。
「わたしは、書物をえるため舟にのり海をこえ、
馬にのって山や草原をこえたものだ。
闇のあるじは書物をきらう」
ハニワくんは、ふとつけたした。
「むかしの書物は、巻き物だったな」
あ、あれ?もしかして……
「ハニワくん、むかしをおもいだしたの?」
たずねると、ハニワくんは首をかしげた。
「この場所にいると、すこしずつ思い出がよみがえってくるようだ」
そうか、よかった。
うつろな闇はつらいもの。
とびらのむこう やみばかり
ないないづくしで
足がない
大うなぎの歌が、まだ耳にのこっている。
ぼくには、二本の足があるけどね。
懐中電灯でてらすと、階段がみつかった。
なぜだろう、だれかによばれてる。
それは、とんでもないカイブツかも。
でも、ぼくは階段をのぼった。
だれかによばれたから。