双子の星(宮澤賢治)


天の川の西の岸にすぎなの胞子ほどの小さな二つの星が見えます。あれはチュンセ童子とポウセ童子という双子のお星さまの住んでいる小さな水精(すいしょう)のお宮です。
 このすきとおる二つのお宮は、まっすぐに向い合っています。夜は二人とも、きっとお宮に帰って、きちんと座り、空の星めぐりの歌に合せて、一晩銀笛を吹くのです。それがこの双子のお星様の役目でした。

「お日さまの、
 お通りみちを はき浄きよめ、
 ひかりをちらせ あまの白雲。
 お日さまの、
 お通りみちの 石かけを
 深くうずめよ、あまの青雲。」

 そしてもういつか空の泉に来ました。(中略)

「チュンセ童子、それでは支度をしましょう。」
「ポウセ童子、それでは支度をしましょう。」
 二人はお宮にのぼり、向き合ってきちんと座り銀笛をとりあげました。
 丁度あちこちで星めぐりの歌がはじまりました。

「あかいめだまの さそり
 ひろげた鷲わしの  つばさ
 あおいめだまの 小いぬ、
 ひかりのへびの とぐろ。

 オリオンは高く うたい
 つゆとしもとを おとす、
 アンドロメダの くもは
 さかなのくちの かたち。

 大ぐまのあしを きたに
 五つのばした  ところ。
 小熊こぐまのひたいの うえは
 そらのめぐりの めあて。」

 双子のお星様たちは笛を吹きはじめました。


宮沢賢治 双子の星 (aozora.gr.jp)
青空文庫より 抜粋引用


カエルが夜になくわけは


ある夏の朝、古池のほとりに
きれいな花が咲きました。
朝焼けと夕焼けの色の花びらです。

朝焼けや夕焼けの空は
とおく高すぎるけれど、
咲いたばかりの花なら届く気がして、
古池のカエルが、
ぴょんとはねました。

はねたカエルがのばした手を、
やさしい笑顔がつつみました。
ワスレグサという名の花でした。

この花をみれば悲しみをわすれる、と
昔の人が名づけたままのうつくしさ。
夏の朝ひらき夕べにしおれる、
一日かぎりの花でした。

カエルは
ワスレグサの葉に座ったり、
茎にぴょんぴょん飛びついたり、
ありったけの歌を聞かせたり、
けろろけろろとおしゃべりしたり……
時がたつのもわすれ、
花の子とたのしく遊びました。

「夏の真昼、夕焼け色に咲くのは
今日をわすれないでほしいから。
昨日の涙はわすれましょうよ。
訪れる日暮れに目をとじたなら、
明日も咲いていられるか
わからないけれど」

日暮れ、ワスレグサは風にゆれ、
カエルにさよならといいました。
カエルは
「おやすみなさい、またね」
とこたえました。

「明日の夜明けが
若草色にもえたなら、
また会えるかもしれないわ。
もし水面(みなも)にうかぶ
金の毬(まり)をひろえたら、
夢の中で遊べるわ」

「……そんな言い伝えがあるの」
とワスレグサは、
ふしぎな言葉とほほえみで、
古池にもどるカエルをみおくりました。

そして次の朝がきて、
うつくしかった花はしおれ、
せっかく仲良くなれたあの子が
もういないと知って、
カエルは泣きました。

泣きはらしたカエルの目は、
ホオズキの実のように赤くなりました。

……もし水面(みなも)にうかぶ
金の毬(まり)をひろえたら、
夢の中で遊べるわ……

満月の夜、しずかな古池に
くりかえし飛びこむ水音が聞こえたら、
それは赤い目をしたカエルです。

「いくら水にもぐっても
月の光の毬(まり)はひろえず、
岸にはシダばかり生いしげる。

つめたい水は両手をすりぬける。
すべてわすれさせてくれる
あの笑顔には、もう会えないのか」

カエルは、ほほをふくらませて
大きなため息をつき、
けろろけろろと歌いはじめます。

朝焼けと夕焼けの色をまとい、
月あかりを知らなかったあの子……

カエルは赤い目のまま、
夜どおし古池で歌い、
ずっとまちつづけています、いつか
おとずれる若草色の夜明けを。

……明日の夜明けが
若草色にもえたなら、
また会えるかもしれないわ……

若草色の夜明けなんて
カエルは見たことも聞いたことも
ないけれど、ワスレグサの言葉を
わすれたくはないから。

それにみどりは
カエルの好きな色なのです。
いまも日の出をまちながら、
けろろけろろと
ないていますよ、ほら。

また会えたらいいのにね。



( 2022.8.29 Twitter より 8.30 加筆 )

満月(Bing Image Creator) – レモン水 (ginmuru-meru.com)

萱草(忘れ草) – レモン水 (ginmuru-meru.com)


赤目のカエル

ホオズキのような赤目のカエル。
ホオズキのような赤い満月が東の空に。
古池に映る月影、金の毬。
カエルは金の毬を拾おうと
水に飛び込む。

朝咲いて夕べにしおれるワスレグサ。
月光を知らない花の精が、
もし金の毬を
とってきてくれたら夢の中でも
ずっと遊べるのに、と
赤目のカエルに微笑んだから。


わが屋戸の
軒のしだ草
生ひたれど
恋忘草見れど
いまだ生ひなく

我屋戸 甍子太草 雖生 戀忘草 見未生
『万葉集』巻十一2475 
作者不詳(柿本人麻呂歌集より)

古池に幾度もぐっても
金の月光の毬は拾えず、
一日だけ美しく咲いた
ワスレグサの花はしおれ、
シダばかり生い茂る。
すべて忘れさせてくれる
あの笑顔、あの少女には
もう会うことが出来ない……
(by 赤目のカエル)

また会えたらいいのにね……


( 2022.8.18 Twitter より )

ワスレグサ – レモン水 (ginmuru-meru.com)


ほおずき姫とかえる王子


水音や 蛙飛びこむ 月の影
水の輪や 追いゆく蛙 金の毬
波音に 鬼灯ゆらぐ あけの月

水の輪に 追いつく蛙 金の毬
水紋に 飛び込む蛙 金の毬
水の輪を 跳ねゆく蛙 金の毬

「かえろかえろと」北原白秋 作詞
        (2番・4番より)

かえろかえろと だれだれかえる
お手々ひきひき ぽっつりぽっつりかえる
「かえろがなくから かえろ」

かえろかえろと どこまでかえる
あかいひのつく 三丁さきまでかえる
「かえろがなくから かえろ」


( 2022.8.13 Twitter より )