双子の星(宮澤賢治)


天の川の西の岸にすぎなの胞子ほどの小さな二つの星が見えます。あれはチュンセ童子とポウセ童子という双子のお星さまの住んでいる小さな水精(すいしょう)のお宮です。
 このすきとおる二つのお宮は、まっすぐに向い合っています。夜は二人とも、きっとお宮に帰って、きちんと座り、空の星めぐりの歌に合せて、一晩銀笛を吹くのです。それがこの双子のお星様の役目でした。

「お日さまの、
 お通りみちを はき浄きよめ、
 ひかりをちらせ あまの白雲。
 お日さまの、
 お通りみちの 石かけを
 深くうずめよ、あまの青雲。」

 そしてもういつか空の泉に来ました。(中略)

「チュンセ童子、それでは支度をしましょう。」
「ポウセ童子、それでは支度をしましょう。」
 二人はお宮にのぼり、向き合ってきちんと座り銀笛をとりあげました。
 丁度あちこちで星めぐりの歌がはじまりました。

「あかいめだまの さそり
 ひろげた鷲わしの  つばさ
 あおいめだまの 小いぬ、
 ひかりのへびの とぐろ。

 オリオンは高く うたい
 つゆとしもとを おとす、
 アンドロメダの くもは
 さかなのくちの かたち。

 大ぐまのあしを きたに
 五つのばした  ところ。
 小熊こぐまのひたいの うえは
 そらのめぐりの めあて。」

 双子のお星様たちは笛を吹きはじめました。


宮沢賢治 双子の星 (aozora.gr.jp)
青空文庫より 抜粋引用


秋津羽

秋津羽之 袖振妹乎 珠匣
奥尓念乎 見賜吾君

あきづ羽の 袖振る妹を 玉櫛笥
奥に思ふを 見たまへ我が君

あきづはの そでふるいもを たまくしげ
おくにおもふを みたまへあがきみ

 湯原王
(万葉集 第3巻 376番歌)


( 2022.9.10 Twitter より )


カエルが夜になくわけは


ある夏の朝、古池のほとりに
きれいな花が咲きました。
朝焼けと夕焼けの色の花びらです。

朝焼けや夕焼けの空は
とおく高すぎるけれど、
咲いたばかりの花なら届く気がして、
古池のカエルが、
ぴょんとはねました。

はねたカエルがのばした手を、
やさしい笑顔がつつみました。
ワスレグサという名の花でした。

この花をみれば悲しみをわすれる、と
昔の人が名づけたままのうつくしさ。
夏の朝ひらき夕べにしおれる、
一日かぎりの花でした。

カエルは
ワスレグサの葉に座ったり、
茎にぴょんぴょん飛びついたり、
ありったけの歌を聞かせたり、
けろろけろろとおしゃべりしたり……
時がたつのもわすれ、
花の子とたのしく遊びました。

「夏の真昼、夕焼け色に咲くのは
今日をわすれないでほしいから。
昨日の涙はわすれましょうよ。
訪れる日暮れに目をとじたなら、
明日も咲いていられるか
わからないけれど」

日暮れ、ワスレグサは風にゆれ、
カエルにさよならといいました。
カエルは
「おやすみなさい、またね」
とこたえました。

「明日の夜明けが
若草色にもえたなら、
また会えるかもしれないわ。
もし水面(みなも)にうかぶ
金の毬(まり)をひろえたら、
夢の中で遊べるわ」

「……そんな言い伝えがあるの」
とワスレグサは、
ふしぎな言葉とほほえみで、
古池にもどるカエルをみおくりました。

そして次の朝がきて、
うつくしかった花はしおれ、
せっかく仲良くなれたあの子が
もういないと知って、
カエルは泣きました。

泣きはらしたカエルの目は、
ホオズキの実のように赤くなりました。

……もし水面(みなも)にうかぶ
金の毬(まり)をひろえたら、
夢の中で遊べるわ……

満月の夜、しずかな古池に
くりかえし飛びこむ水音が聞こえたら、
それは赤い目をしたカエルです。

「いくら水にもぐっても
月の光の毬(まり)はひろえず、
岸にはシダばかり生いしげる。

つめたい水は両手をすりぬける。
すべてわすれさせてくれる
あの笑顔には、もう会えないのか」

カエルは、ほほをふくらませて
大きなため息をつき、
けろろけろろと歌いはじめます。

朝焼けと夕焼けの色をまとい、
月あかりを知らなかったあの子……

カエルは赤い目のまま、
夜どおし古池で歌い、
ずっとまちつづけています、いつか
おとずれる若草色の夜明けを。

……明日の夜明けが
若草色にもえたなら、
また会えるかもしれないわ……

若草色の夜明けなんて
カエルは見たことも聞いたことも
ないけれど、ワスレグサの言葉を
わすれたくはないから。

それにみどりは
カエルの好きな色なのです。
いまも日の出をまちながら、
けろろけろろと
ないていますよ、ほら。

また会えたらいいのにね。



( 2022.8.29 Twitter より 8.30 加筆 )

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ワスレグサ


夏の真昼、夕焼け色に咲くのは
今日をわすれないでほしいから。
昨日の涙はわすれましょうよ。
訪れる日暮れに目をとじたなら、
明日も咲いていられるか
わからないけれど。

明日の夜明けが若草色にもえたなら、
また会えるかもしれないし、
もし水面の月影の金の毬を拾えたら、
夢の中で遊べるわ。


( 2022.8.20 Twitter より )

赤目のカエル – レモン水 (ginmuru-meru.com)