幻想物語の文法(私市保彦 著)


幻想物語の文法 (ちくま学芸文庫 キ 4-1) | 私市 保彦 |本 | 通販 | Amazon


ふと思い出した本。
光と影の幻想の系譜とでもいうのか……
若い頃に読んで、
鮮烈な印象が残った内容だったはず……
再読したら、
同じように新鮮に感じるのか、
それともネットでもはや見慣れた風景
と思うのか。

( 2019.5.10 Twitter より )


CiNii 図書 – 幻想物語の文法 : 『ギルガメシュ』から『ゲド戦記』へ


図書館で借りて読み直した。
「ユリイカ」連載だった論集なので、
一編ずつがまとまっていて読み易い。
提示された古今東西の物語が面白く、
筆者の縦横無尽な思索の跡をたどり、
人類の長い幻想の旅を垣間見た。

墓標の列のような暗い幻の迷宮も、
名ガイドの理性の灯し火を頼りに、
巡礼めいた心持ちで頁をめくる。
読書の喜びを教えてくれた本。
卒業論文で参考文献として頼りにしたが、
改めて読み直しても新鮮に感じる。

宮澤賢治が描く別離の場面でのふたり、
双子の姿を、古代からの双児神とその
文化英雄的な面影から論じる(という
学生の分際での無謀な試み=夢想)、
その夢想の最初の火種は本書だった。
いまだ同じ夢想の迷路を歩いている。

大きな影響を何十年にもわたり受けた
ことに気づく、静かな存在感。
(まるで沈黙のオジオン様のよう)

近代の幻想文学について、私自身は
宮澤賢治やデ・ラ・メアなど好みの
偏りから、あまり多く読んでいない。
が、神話と文学とを結んだのは本書。
「幻想物語の文法」というレンズは、
レンズの存在を忘れるほどクリアだ。


ゲド戦記3部作についてだけ、保留。
本書が書かれ私が影響を受けた頃には、
3部作で完結した世界だったが、後に
「帰還(テハヌー)」が加わり、
「アースシーの風」で再び完結した。
(そして「ドラゴンフライ」を未読)

フェミニズム思想を織り込んだ独自の
ファンタジー世界が、大きな反響を
呼んだ、と発表当時を記憶しているが、
つい先日のアメリカ大統領選をみれば、
ル・グウィンが描いた分断と荒廃は
まだ続いているのでは?(世界は未完)


(以下は雑感)
ギルガメシュとイシュタルの葛藤は、
粘土板に刻まれてから数千年を経て、
海を渡った大陸でも終わることのない
ドラマを民の前で再演し続けている……
などと斜めに考えれば、
現代の思索に満ちた文学よりいっそ
古代神話の懐は深い?

(ル・グウィン再読の必要あるなぁ)


星空の恵みを地におろす


sokenk115_1.pdf (andrew.ac.jp)
当麻寺を訪ねて 井本栄一
(桃山学院大学総合研究所紀要 
第25巻第1号87-95p. 1999-09-30 )

「相撲 新年 七夕 穀神」
など思いつく語で検索したら、
こんな論文が見つかった。
ところどころわからない部分もあるが、
面白くて一気読み。
著書多数の権威ある学者さまらしい。
井本英一 – Wikipedia

上記論文「当麻寺を訪ねて」では、
相撲と穀霊とユーラシアに伝わる
豊穣儀礼について詳述され、
とても読み応えがあった。
(一読しただけでは理解しきれていない)
豊穣儀礼と天上
(日月・星・天の川・星座)
との関りについては触れられていなかったが
(それを検索で探していた)
異界・冥界下り・再生と仏教を論じて奥深い。

上記論文では、
3世紀中国の「問礼俗」を例に、
鶏→犬→羊→豚→牛→馬→人→穀物
の順に魂が転生するという
古代の死生観(輪廻転生)が紹介されている。
人の魂が穀物に宿る、という想念は、
宮沢賢治の辞世の句にもみられる。

病(いたつき)の
ゆゑにもくちん
いのちなり
みのりに棄てば
うれしからまし

また賢治の第一詩集に収められた詩
「春と修羅」の
(このからだそらのみじんにちらばれ)
という言葉には、
「宙への供物」として転生する
文化英雄的イメージが含まれている。
銀河の星や稲穂を詠い、
輪廻転生を下敷きとする
宮沢賢治の詩や短歌の世界は、
「女神※がこぼした小麦の種=天の川」
という古代人の神話にも通底する。

※女神=デメテルやイシスなど大地母神
(娘や夫など愛する者を失い、
彷徨い歩く女神が手にした袋から
こぼれた麦の種が天の川だという)

詩や短歌のみならず
星の世界に転生する結末は、
賢治童話において、とても印象的だ。
例 「よだかの星」「銀河鉄道の夜」
(銀河鉄道で物語られるサソリの星なども)

古代の人々は、星を異界の魂に重ねた。
穀物の種に宿る命を死者の転生と思えば、
たとえば天の川を穀物の種に見立てたり、
異界との境界の「忘れ河」に見立てたり、
かがやく天の星に豊穣を願う祈りが
部族や郷土の祖霊と結びついたのも、
ごく自然な心情だったのだろう。

地に生きた先祖は、星になった。
星の恵みで、穀物や海・山の豊穣が
もたらされる……樋(トイ・ヒ)を
トヨと呼ぶ地方があるが、豊川とは
星空の恵みを地におろす樋、
つまり天の川では?
と、とりとめなく夢想した。


桃山学院大学学術機関リポジトリ (nii.ac.jp)

井本栄一氏の論文が多数公開されている。
(大学図書館&インターネットは有難い)


ぶんぶんぶるるん 【改訂新版】|絵本ナビ : バイロン・バートン,手島 悠介 みんなの声・通販 (ehonnavi.net)

賢治の童話ほど自己犠牲的ではなく、
生き物たちの因果がめぐる様を描いた
楽しい絵本を、ふと思い出した。
「ぶんぶんぶるるん」
(バイロン・バートン作 手島悠介訳
 ほるぷ出版 2018.3発行)


( 2023.1.24~28 Twitter より )


翡翠と邪馬台国 – レモン水 (ginmuru-meru.com)

トヨタマヒメ幻想 – ぶるーまーぶる (fairy-scope.com)


双子の星(宮澤賢治)


天の川の西の岸にすぎなの胞子ほどの小さな二つの星が見えます。あれはチュンセ童子とポウセ童子という双子のお星さまの住んでいる小さな水精(すいしょう)のお宮です。
 このすきとおる二つのお宮は、まっすぐに向い合っています。夜は二人とも、きっとお宮に帰って、きちんと座り、空の星めぐりの歌に合せて、一晩銀笛を吹くのです。それがこの双子のお星様の役目でした。

「お日さまの、
 お通りみちを はき浄きよめ、
 ひかりをちらせ あまの白雲。
 お日さまの、
 お通りみちの 石かけを
 深くうずめよ、あまの青雲。」

 そしてもういつか空の泉に来ました。(中略)

「チュンセ童子、それでは支度をしましょう。」
「ポウセ童子、それでは支度をしましょう。」
 二人はお宮にのぼり、向き合ってきちんと座り銀笛をとりあげました。
 丁度あちこちで星めぐりの歌がはじまりました。

「あかいめだまの さそり
 ひろげた鷲わしの  つばさ
 あおいめだまの 小いぬ、
 ひかりのへびの とぐろ。

 オリオンは高く うたい
 つゆとしもとを おとす、
 アンドロメダの くもは
 さかなのくちの かたち。

 大ぐまのあしを きたに
 五つのばした  ところ。
 小熊こぐまのひたいの うえは
 そらのめぐりの めあて。」

 双子のお星様たちは笛を吹きはじめました。


宮沢賢治 双子の星 (aozora.gr.jp)
青空文庫より 抜粋引用