オリオン座


星座の暗幕をゆらす風。
ここに居るのは誰だったろう、
ハニワくんなのか僕なのか
わからなくなった……


( 2023.1.17 Twitter より )


(2)星座の切符


ことん、ことん、水車がめぐる。
暗闇の水音は、どこからどこへ流れていくのか。
歩きつづけた先に、明かりがぽつり。
近づくにつれ、明かりはゆらゆら大きくなった。
木立が風に鳴り、空気は真冬の冷たさだ。
夜空を照らし、かがり火が燃えている。
かがり火に浮かぶのは、ひとり舞う誰かの影。

ののさまどちら いばらのかげで
ねんねをだいて はなつんでこざれ

なつかしい歌声……この声は……

illust 2021©fairy-scope.com

大岩の上で舞う美しい姿は……
ああ、そうだ、思い出した。
ハニワくんと旅したときに出会った、水瓶の姫。
あの大岩は、工事で失われたはず。

「ゆずりの丘」には、
ずっと昔の王さま姫さまのお墓があって、
丘の大岩におねがいすると、
日照りに雨がふったり、
災いからかくまってくれたり、
きれいなお皿や器をかしてくれたりするのだと、
幼い日にぼくは、おばあちゃんから聞いた。

その大岩に立ち、ゆれるかがり火とともに、
たおやかに歌い舞う姫……この声、この横顔は、
「ふるさと博物館」の受付けのお姉さんに
そっくりじゃないか。

ミヤァ……
姫の歌と舞いが、ぴたりと止まった。
黒い子猫が大岩にとびのり、甘えるように鳴いた。
姫は、子猫をだきあげた。
ミヤァ……
ふと姫がぼくを見て、にっこりした。
「また会えましたね」
なつかしい、すきとおった声……
「あなたの助けがほしくて、使いを出したのです」
「え?」
姫の柔らかなまなざしが、ぼくをしっかりとらえて離さない……
ハニワくんはどうしたんだろう、と不思議に思った。
「ぼくの助け、ですか?」
水瓶の姫に仕えて助けるのは、
ハニワくんの役目のはずじゃないか……

姫は身をかがめ、腕にだいた子猫をおろすと、
かわりに大切そうにひとつの水瓶をささげ持った。
「あなたをここに導いたせせらぎは、この先、
大きな星の川へと流れつきます。
その川の向こうにいる太陽の姫に、
この器でくんだ川の水を、届けてほしいのです」
大岩の上の姫がひざをつき、さしだす水瓶を、
ぼくは両腕をいっぱいにのばし、受け取った。
かがり火が照らすその水瓶には、
花びらのような肉球のくぼんだ跡が点々とある。
丸みのある胴、くびれた注ぎ口……
これ、この水瓶、もしかして、
博物館の展示ケースに並んでいた、
ブルーグレイの須恵器?

ずしりと手ごたえのある古い水瓶を、
ぼくはまじまじと見つめた。
「太陽の姫は、眠りの病いにかかっています。
あなたが水を届ければ、きっと姫は目覚めます」
「きっと、と言われても……」
ぼくは大岩の上の姫を、とまどって見上げた。
「流れにそって行けば、わかります」
姫はほほえんで、暗い夜空に目をやった。
ぼんやりと白く天の川が流れ、いくつもの星が
きらめいている。
オリオン座、双子座……
ミヤァ……
黒い子猫が、身軽に大岩から飛びおりて、
ぼくの足にじゃれつくと、するりとかけだした。
「あ、まってくれ」
ぼくは、空っぽの水瓶をしっかり抱いて、
子猫を追った。
「わかりました、行ってみます」
助けてほしいと頼まれて、姫にそう返事したものの、
まったくおぼつかないままに。

子猫がかける、水音がとぎれずひびく。
ぼくはひたすら追いかける。
気がつけば、暗闇に大きな水面がひろがり、
目の前できらきらと波立ち、光っていた。
(あなたをここに導いたせせらぎは、この先、
大きな星の川へと流れつきます)
「これが、星の川?」
岸辺に、いくえもさざ波が寄せてくる。
「暗くて向こう岸がみえやしない」
大きすぎる川幅におどろき、あたりを見まわすと、
舳先に灯をともした小舟がいっそう、
渡し場につながれていた。小舟のかたわらには、
マントにすっぽり身を包んだ渡し守が、
のっそりたたずんでいる。
「あの、向こう岸までのせてもらえますか?」
声をかけると、マントの男は不愛想に一言。
「切符はあるか?」

「切符?え、えっと……これなら?」
困ったぼくは、上着のポケットから、
黄緑色のチケットをひっぱりだした。
オリオン座をしるした小さな紙片だ。
渡し守は、それをながめて首をふった。
「だめだな……切符の行く先がちがう」
「頼まれごとがあって、ぼくはなんとか
この川をわたりたいんです」
「向こう岸には簡単に行けるものではない」
男の顔は、マントにかくれて見えない。
「切符がないと舟には乗れませんか?」
ミヤァ……
黒い子猫が、いっしょに頼むように鳴いた。
ミヤァ……
子猫が渡し守の足元にするりと寄りそって、
ぶあついマントのひだをゆらした。
ミヤァ……
しばらく沈黙してから、ぼそりと渡し守が言った。
「どうしても舟に乗りたいなら、相撲の勝負をしろ。
もし私に勝ったら、向こう岸につれていく」

「ほ、ほんとですか?挑戦します」
ぼくは両腕にかかえていた水瓶を上着でくるみ、
渡し場からはなれた地面にそっと置いた。
もし割れてしまえば、姫が悲しむだろうから。
「頼むよ、これしばらく見ててくれ」
子猫に声をかけると、ミャーと良い返事。
「ぜったい勝ってやる、いきますよ」
「くるがいい」
渡し守はマントをぬごうともしない。
のっそりたたずみ、ぼくなど相手にしていない風情。
それでもかまうもんか……他に道がないのなら?
「本気でいきますよ」
ぼくは、力いっぱい足を前に踏み出した。


(1)たそがれの館


学校からもどったら、
まっくらなぼくの部屋の窓から、
かたむいた三日月がのぞきこんでいた。

ののさまどちら ねんねをだいて
いばらのかげで はなつんでござれ

やさしい歌が耳をくすぐる。
だれ?
窓からみおろすと、
金色の三日月をうかべた目で、
首をかしげ、ぼくをみつめてくる黒い子猫。

子猫がほそい声で、ミヤァとあまえるようにないた。
おなかがすいているのかな。
ミルクがほしいのだろうか。
ぼくは子猫の声にさそわれ、おもてに出てみた。
黒いかげがしなやかに通りをすべる。
どこにいくのか、金の三日月をうかべた目が、
ふりかえってぼくを見つめる。
あれ、ついてこい、だって?

どこまでいくのか、黒い子猫。
ぼくをふりかえりながら、
街をぬけ、川をわたり、坂道をのぼって。
いつしかここは、ゆずりの丘。
かたむいた三日月がてらす丘。

ここは、昔々の古墳があった場所。
今では新しい学校が建っている…… はずなのに、
あれ、こんな景色だったっけ?
灯のともる館が一軒。

ことん、ことん、
館のかたわら水車がまわる。
こんな小川、流れていたっけ?
ことん、ことん、
水車のひびきにまねかれて、
ぼくは館の前にたたずんだ。
「ふるさと博物館」
墨書きした表札が出ている。
おかしいな、こんな博物館は知らないぞ……
ミヤァ、と黒い子猫が扉にすりよった。
早く開けろとうながように、
ぼくを横目で見つめてくる。
金の三日月をうかべた緑の目。
ミヤァ……

「こんばんは、いらっしゃいませ」
古びた木の扉をあけると、
受付けのお姉さんがほほえんだ。
「チケットはお持ちですか?」
え?そんなの持ってるわけないだろ。
そもそも財布はあったっけ?
あわてて上着のポケットに手をつっこむと、
記憶にない小さな紙の手ざわり……
なんだっけ、これ?
とりだしてみると、黄緑色の切符のようだ。
オリオン座そっくりの点模様だけ記されている。
お姉さんはその切符を手にとると、
「チケットを拝見しました」
とうなずき、またぼくにそれを返した。
「あの、猫もいっしょで大丈夫ですか?」
「はい、チケットを大切にお持ちくださいね」
お姉さんがにっこり。
どこかで会った気がするこの笑顔、この声……
どこだっけ?誰だっけ?
「展示はおくの部屋にございます。
 どうぞ、ごゆっくりご覧ください」
思い出せず、うながされるままに、
ぼくは展示スペースをぼんやりながめた。
黒い子猫が足元にじゃれつきながら、
すべるように先を行く。

ここは、ゆずりの丘。
昔々の古墳があった場所。
「ふるさと博物館」の
ガラスケースに並んでいるのは、
昔々の人々が使っていた器や皿、埴輪など。
「おや?」
(古墳時代、須恵器)と説明書きされた、
くすんだブルーグレーの水瓶の前で、
ぼくは立ち止まった。
水瓶のまるい胴、くびれた注ぎ口に点々と、
花びらが散るように、いくつもくぼみがある。
あたかも猫の肉球を押しつけたような。
そう、まるで焼く前のまだ柔らかな土器に、
いたずら猫が足跡を残したような?
ミヤァ、と黒い子猫が鳴いた。
「あ、あれ?」
ガラスケースの水瓶の肉球模様がにじんで、
ゆらいで、点々と黒い足跡がふえはじめた。
その足跡は、ガラスケースから出て、展示室の床におり、
見えない猫が忍び歩くように、するするとふえていく。
黒い子猫がためらいもなく、その足跡についていく。
「おい、ま、まってくれよ」
ぼくは、子猫と足跡とを追いかけた。
ほのぐらいスペースの奥へ、奥へと……

やがて肉球の跡は、
分厚いビロードの垂れ幕へと消えた。
天上から床まですっぽりとどく、大きな垂れ幕だ。
紫がかった黒びかりのひだが、ゆるく波打つ。
その垂れ幕いちめん、白い星模様が散っていた。
あわくかがやく天の川のようだ。
天の川をはさんで向き合うふたつの星座、
双子座とオリオン座の星々がくっきり浮かぶ。
ぼくのチケットに記されたオリオン座と同じ形だ。
ビロードの垂れ幕は両側から閉じられていて、
その真ん中の2枚の布の合わせ目に、
白いメモが銀のピンでとめられていた。

「ここはどこ?私はだれ?今はいつ?」

流れるようなインク文字で、そう書いてある。
ぼくは、そのメモを読み、銀のピンを外した。
小さなピンでとめられていた2枚の重い布は、
はらりと分かれ、見知らぬ奥への入り口を開いた。
ぼくは、謎の質問メモを上着のポケットにしまい、
足元の黒い子猫をみた。
ミヤァ……
「よし、行くか」
子猫の両目の金の三日月が、きらりと光った。
垂れ幕の向こうは真っ暗やみで、
足元を照らす星灯りのように、
肉球の跡が先へとつづいていた。
黒い子猫がかけだすと、そのしなやかな影が
ほのかな月光のように、ぼくをいざなった。
ぼくは、子猫と足跡とを追いかけた。

ののさまどちら ねんねをだいて
いばらのかげで はなつんでござれ

闇をくぐり、ふしぎな歌声が、
またどこからかひびいてくる……