萩の花


しなやかに風になびく豆科の花。
公園に自生する野草だと
ずっと思っていたのだが、
しだれ咲く豊かな風情に惹かれて
写真を撮り、画像検索してみたら
かの有名な「萩」だった……
(なぜ今まで知らなかったのか?)


安伎波疑尓 々保敝流和我母 奴礼奴等母 伎美我美布祢能 都奈之等理弖婆

秋萩に
にほへる我が裳
濡れぬとも
君が御船の
綱し取りてば

あきはぎに
にほへるわがも
ぬれぬとも
きみがみふねの
つなしとりてば

阿倍継麻呂
( 万葉集 第15巻 3656番歌 )

七夕仰觀天漢各陳所思作歌三首
遣新羅使、天平8年、年紀、作者:阿倍継麻呂、羈旅、七夕、織女、女歌、宴席、福岡

万葉集 第15巻 3656番歌/作者・原文・時代・歌・訳 | 万葉集ナビ


秋萩の花のように装った裳が
濡れてしまおうと(かまわない)
貴方の御舟のとも綱を
手にとれるのならば……


秋といへば
空すむ月を
契りおきて
光まちとる
萩の下露

藤原定家
( 拾遺愚草 巻上:花月百首 月 )

和歌データベース


月光に照らされる萩の葉の露。
滝のように枝垂れて光る露は、
秋の天の川をイメージさせる。
「空すむ月を契りおきて」
約束の夜に半月の舟で訪れるという
彦星を待ちわびた織り姫の裳が、
天の川の雫で濡れて光るかのように。

「光まちとる」萩の露の表現には、
「君が御船の綱し取りてば」という
七夕伝説を詠んだ先行作品を踏まえ、
さらに象徴化した月光の美しさが
込められているのではないか。

澄みわたる天地の情景が浮かぶ。


からまる君を – レモン水

綱し取りてば(Bing Image Creator) – レモン水


赤玉と白玉


赤玉は
緒さへ光れど
白玉(しらたま)の
君が装(よそ)ひし
貴(たふと)くありけり

阿加陀麻波
袁佐閉比迦礼杼
斯良多麻能
岐美何余曽比斯
多布斗久阿理祁理

( 古事記 712年 上巻・歌謡 )

古事記の山幸彦の物語で、
海神の娘トヨタマヒメが
詠んだとされる相聞歌。
赤玉(レッドジャスパーまたは
赤珊瑚などの宝玉?)は
玉の緒さえ光って美しいが、
山幸彦の装っていた白玉(真珠)は
尊くて忘れがたい、という。
海と陸とで隔たりがあっても、
変わらぬ想いを夫へと送った
海神の姫君の、豊かな神話性に
彩られた慕情の歌。
(元来は海辺の民の歌謡だろうか?)


古事記の成立より150年以上も後に
活躍した平安初期の歌人、藤原敏行は
以下のように白露を詠んでいる。

白露の
色はひとつを
いかにして
秋の木の葉を
ちぢに染むらん

( 藤原敏行、古今和歌集257番 巻五 秋下 )

透きとおった白露(白玉)の魔法で、
様々な色合いの紅葉をもたらすのは、
竜田姫と呼ばれた秋の女神。
竜田姫は、季節風と染物の女神でもある。

竜田姫 – Wikipedia


白玉と
見えし涙も
年ふれば
唐紅に
うつろひにけり

( 紀貫之、古今和歌集599番 巻十二 恋二 )

平安初期~中期の歌人で、
古今和歌集の編纂者として有名な
紀貫之の「白玉の歌」は、
白玉(真珠)と涙とを重ね、
唐紅(人生の秋に流す血の涙=辛い恋)
のイメージへと移ろわせている。
古事記のトヨタマヒメの赤玉白玉の歌や、
能書家で知られた藤原敏行の歌など、
素朴で美しい先行作品を踏まえ、
哀感を漂わせた巧みな表現で
さらりと大人の恋を描いてみせたのか。

古今和歌集の仮名序で
後世に名を残した紀貫之の
教養の深さ、文学性の高さにいつも驚く。
「やまとうたは、人の心を種として、
よろづの言の葉とぞなれりける」
平易に和歌の奥深さを伝える名文だと
あらためて思う。


( 2024.7.4 イラスト作成 Bing Image Creator )


昨日見し恋忘れ貝(Bing Image Creator)


住吉尓 徃云道尓 昨日見之 戀忘貝 事二四有家里

住吉に
行くといふ道に
昨日見し
恋忘れ貝
言にしありけり

すみのえに
ゆくといふみちに
きのふみし
こひわすれがひ
ことにしありけり

作者不詳
( 万葉集 第7巻 1149番歌 )

万葉集 第7巻 1149番歌/作者・原文・時代・歌・訳 | 万葉集ナビ (manyoshu-japan.com)


住吉に行くという道に
昨日見つけた恋忘れ貝は、
言葉だけなのですね……
(今日になっても恋は忘れられない)

住吉は墨之江(黒い江)つまり
天の川を指す、という説がある。
かなわぬ恋を忘れさせる貝殻は、
二枚貝の片割れ……片方の羽を失い、
彼岸へと渡れない蝶をイメージさせる。

此岸に残された者をなぐさめるという
「恋忘れ貝」だけれども、今なお
想いをつのらせるばかりだ、という
詠み人知らずの嘆きには、海や夜空に
ひびく万葉の詩情が宿っており、
後の時代に七夕伝説が広く流行する
素地が感じられる。


岸におふてふ – あかり窓 (memoru-merumo.com)

住の江の岸に(Bing Image Creator) – レモン水 (ginmuru-meru.com)


( 2024.7.4 イラスト作成 Bing Image Creator +微修正 )


オサナゴコロ


北の地で寒冷地適応した人々は、
時が流れるにつれ南方へと移動、
米作りを開始した、のだとか。
長い目で見れば、人類は困難な
状況に耐え、なんとか続いてる。
(環境に適応し生き延びた者の
子孫=現生人類なのだから)
多様に試行錯誤すれば
多分大体なんとかなる?

試行錯誤
七転八倒
からの
七転び八起き

シリアス顔すれば大人に見える?
それでもオサナゴコロの夢
忘れたくはない……


( 2024.6.4 イラスト作成 Bing Image Creator )


蛇行剣と銅鏡の盾(Bing Image Creator)


蛇行剣と銅鏡の盾?あれアタシの。
磨かれた鏡の反射を背に、
女装した英雄の活躍を演じたわ。
演目は大蛇退治、つまりアタシは
龍蛇を従えた魔導士なの。
この地は藁の龍蛇の野神祭りが盛んよね。
蛇行剣はその豪華版で、鉄の祭器なの。
演目は出雲地方に伝わり、今でも有名。
アタシ?香香背男よ。

なぜ櫛と鏡がアタシの棺の足元に
置かれていたかって?
アタシが女装してオロチ退治したときの
小道具だからよ。で、アタシの場合、
人身御供の悲劇のヒロインは仮の姿、
龍退治するヒーローが真の姿。

アタシの国は、でも奪われてしまった。
太陽を背に金の鳶の弓を掲げた
アイツと、その軍勢に……


アタシの魂は山の巌に宿って、
村人たちから雨乞いされたわ、
今でも折々に思い出されては
物語られているの、
春の種まきや秋の実りの季節、
雷が激しく鳴る頃に。

今日は目が覚めて
道化てしまった、またね……
おやすみ。

( 2024.4.1 Twitter より )
( 2024.4.1 イラスト作成 Bing Image Creator )

 ※アタシ語りはフィクションです。