(1)たそがれの館


学校からもどったら、
まっくらなぼくの部屋の窓から、
かたむいた三日月がのぞきこんでいた。

ののさまどちら ねんねをだいて
いばらのかげで はなつんでござれ

やさしい歌が耳をくすぐる。
だれ?
窓からみおろすと、
金色の三日月をうかべた目で、
首をかしげ、ぼくをみつめてくる黒い子猫。

子猫がほそい声で、ミヤァとあまえるようにないた。
おなかがすいているのかな。
ミルクがほしいのだろうか。
ぼくは子猫の声にさそわれ、おもてに出てみた。
黒いかげがしなやかに通りをすべる。
どこにいくのか、金の三日月をうかべた目が、
ふりかえってぼくを見つめる。
あれ、ついてこい、だって?

どこまでいくのか、黒い子猫。
ぼくをふりかえりながら、
街をぬけ、川をわたり、坂道をのぼって。
いつしかここは、ゆずりの丘。
かたむいた三日月がてらす丘。

ここは、昔々の古墳があった場所。
今では新しい学校が建っている…… はずなのに、
あれ、こんな景色だったっけ?
灯のともる館が一軒。

ことん、ことん、
館のかたわら水車がまわる。
こんな小川、流れていたっけ?
ことん、ことん、
水車のひびきにまねかれて、
ぼくは館の前にたたずんだ。
「ふるさと博物館」
墨書きした表札が出ている。
おかしいな、こんな博物館は知らないぞ……
ミヤァ、と黒い子猫が扉にすりよった。
早く開けろとうながように、
ぼくを横目で見つめてくる。
金の三日月をうかべた緑の目。
ミヤァ……

「こんばんは、いらっしゃいませ」
古びた木の扉をあけると、
受付けのお姉さんがほほえんだ。
「チケットはお持ちですか?」
え?そんなの持ってるわけないだろ。
そもそも財布はあったっけ?
あわてて上着のポケットに手をつっこむと、
記憶にない小さな紙の手ざわり……
なんだっけ、これ?
とりだしてみると、黄緑色の切符のようだ。
オリオン座そっくりの点模様だけ記されている。
お姉さんはその切符を手にとると、
「チケットを拝見しました」
とうなずき、またぼくにそれを返した。
「あの、猫もいっしょで大丈夫ですか?」
「はい、チケットを大切にお持ちくださいね」
お姉さんがにっこり。
どこかで会った気がするこの笑顔、この声……
どこだっけ?誰だっけ?
「展示はおくの部屋にございます。
 どうぞ、ごゆっくりご覧ください」
思い出せず、うながされるままに、
ぼくは展示スペースをぼんやりながめた。
黒い子猫が足元にじゃれつきながら、
すべるように先を行く。

ここは、ゆずりの丘。
昔々の古墳があった場所。
「ふるさと博物館」の
ガラスケースに並んでいるのは、
昔々の人々が使っていた器や皿、埴輪など。
「おや?」
(古墳時代、須恵器)と説明書きされた、
くすんだブルーグレーの水瓶の前で、
ぼくは立ち止まった。
水瓶のまるい胴、くびれた注ぎ口に点々と、
花びらが散るように、いくつもくぼみがある。
あたかも猫の肉球を押しつけたような。
そう、まるで焼く前のまだ柔らかな土器に、
いたずら猫が足跡を残したような?
ミヤァ、と黒い子猫が鳴いた。
「あ、あれ?」
ガラスケースの水瓶の肉球模様がにじんで、
ゆらいで、点々と黒い足跡がふえはじめた。
その足跡は、ガラスケースから出て、展示室の床におり、
見えない猫が忍び歩くように、するするとふえていく。
黒い子猫がためらいもなく、その足跡についていく。
「おい、ま、まってくれよ」
ぼくは、子猫と足跡とを追いかけた。
ほのぐらいスペースの奥へ、奥へと……

やがて肉球の跡は、
分厚いビロードの垂れ幕へと消えた。
天上から床まですっぽりとどく、大きな垂れ幕だ。
紫がかった黒びかりのひだが、ゆるく波打つ。
その垂れ幕いちめん、白い星模様が散っていた。
あわくかがやく天の川のようだ。
天の川をはさんで向き合うふたつの星座、
双子座とオリオン座の星々がくっきり浮かぶ。
ぼくのチケットに記されたオリオン座と同じ形だ。
ビロードの垂れ幕は両側から閉じられていて、
その真ん中の2枚の布の合わせ目に、
白いメモが銀のピンでとめられていた。

「ここはどこ?私はだれ?今はいつ?」

流れるようなインク文字で、そう書いてある。
ぼくは、そのメモを読み、銀のピンを外した。
小さなピンでとめられていた2枚の重い布は、
はらりと分かれ、見知らぬ奥への入り口を開いた。
ぼくは、謎の質問メモを上着のポケットにしまい、
足元の黒い子猫をみた。
ミヤァ……
「よし、行くか」
子猫の両目の金の三日月が、きらりと光った。
垂れ幕の向こうは真っ暗やみで、
足元を照らす星灯りのように、
肉球の跡が先へとつづいていた。
黒い子猫がかけだすと、そのしなやかな影が
ほのかな月光のように、ぼくをいざなった。
ぼくは、子猫と足跡とを追いかけた。

ののさまどちら ねんねをだいて
いばらのかげで はなつんでござれ

闇をくぐり、ふしぎな歌声が、
またどこからかひびいてくる……


夕焼け色のばら

夕焼け色のばらが
咲いていた。
秋の夕焼け空の色。
クリスマスまでに
世界中の戦争が
終わりますように。
鳥が巣に帰るように
みんな故郷や家に
戻れますように。

花は根に
鳥はふる巣に
かへるなり
春のとまりを
知る人ぞなき

崇徳院(千載122)

「花はどこへ行った」という
フォークソングに
どこか通底している和歌……


( 2022.10.16 Twitter より )


双子の星(宮澤賢治)


天の川の西の岸にすぎなの胞子ほどの小さな二つの星が見えます。あれはチュンセ童子とポウセ童子という双子のお星さまの住んでいる小さな水精(すいしょう)のお宮です。
 このすきとおる二つのお宮は、まっすぐに向い合っています。夜は二人とも、きっとお宮に帰って、きちんと座り、空の星めぐりの歌に合せて、一晩銀笛を吹くのです。それがこの双子のお星様の役目でした。

「お日さまの、
 お通りみちを はき浄きよめ、
 ひかりをちらせ あまの白雲。
 お日さまの、
 お通りみちの 石かけを
 深くうずめよ、あまの青雲。」

 そしてもういつか空の泉に来ました。(中略)

「チュンセ童子、それでは支度をしましょう。」
「ポウセ童子、それでは支度をしましょう。」
 二人はお宮にのぼり、向き合ってきちんと座り銀笛をとりあげました。
 丁度あちこちで星めぐりの歌がはじまりました。

「あかいめだまの さそり
 ひろげた鷲わしの  つばさ
 あおいめだまの 小いぬ、
 ひかりのへびの とぐろ。

 オリオンは高く うたい
 つゆとしもとを おとす、
 アンドロメダの くもは
 さかなのくちの かたち。

 大ぐまのあしを きたに
 五つのばした  ところ。
 小熊こぐまのひたいの うえは
 そらのめぐりの めあて。」

 双子のお星様たちは笛を吹きはじめました。


宮沢賢治 双子の星 (aozora.gr.jp)
青空文庫より 抜粋引用


秋津羽

秋津羽之 袖振妹乎 珠匣
奥尓念乎 見賜吾君

あきづ羽の 袖振る妹を 玉櫛笥
奥に思ふを 見たまへ我が君

あきづはの そでふるいもを たまくしげ
おくにおもふを みたまへあがきみ

 湯原王
(万葉集 第3巻 376番歌)


( 2022.9.10 Twitter より )