赤玉と白玉


赤玉は
緒さへ光れど
白玉(しらたま)の
君が装(よそ)ひし
貴(たふと)くありけり

阿加陀麻波
袁佐閉比迦礼杼
斯良多麻能
岐美何余曽比斯
多布斗久阿理祁理

( 古事記 712年 上巻・歌謡 )

古事記の山幸彦の物語で、
海神の娘トヨタマヒメが
詠んだとされる相聞歌。
赤玉(レッドジャスパーまたは
赤珊瑚などの宝玉?)は
玉の緒さえ光って美しいが、
山幸彦の装っていた白玉(真珠)は
尊くて忘れがたい、という。
海と陸とで隔たりがあっても、
変わらぬ想いを夫へと送った
海神の姫君の、豊かな神話性に
彩られた慕情の歌。
(元来は海辺の民の歌謡だろうか?)


古事記の成立より150年以上も後に
活躍した平安初期の歌人、藤原敏行は
以下のように白露を詠んでいる。

白露の
色はひとつを
いかにして
秋の木の葉を
ちぢに染むらん

( 藤原敏行、古今和歌集257番 巻五 秋下 )

透きとおった白露(白玉)の魔法で、
様々な色合いの紅葉をもたらすのは、
竜田姫と呼ばれた秋の女神。
竜田姫は、季節風と染物の女神でもある。

竜田姫 – Wikipedia


白玉と
見えし涙も
年ふれば
唐紅に
うつろひにけり

( 紀貫之、古今和歌集599番 巻十二 恋二 )

平安初期~中期の歌人で、
古今和歌集の編纂者として有名な
紀貫之の「白玉の歌」は、
白玉(真珠)と涙とを重ね、
唐紅(人生の秋に流す血の涙=辛い恋)
のイメージへと移ろわせている。
古事記のトヨタマヒメの赤玉白玉の歌や、
能書家で知られた藤原敏行の歌など、
素朴で美しい先行作品を踏まえ、
哀感を漂わせた巧みな表現で
さらりと大人の恋を描いてみせたのか。

古今和歌集の仮名序で
後世に名を残した紀貫之の
教養の深さ、文学性の高さにいつも驚く。
「やまとうたは、人の心を種として、
よろづの言の葉とぞなれりける」
平易に和歌の奥深さを伝える名文だと
あらためて思う。


( 2024.7.4 イラスト作成 Bing Image Creator )


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です