ことん、ことん、水車がめぐる。
暗闇の水音は、どこからどこへ流れていくのか。
歩きつづけた先に、明かりがぽつり。
近づくにつれ、明かりはゆらゆら大きくなった。
木立が風に鳴り、空気は真冬の冷たさだ。
夜空を照らし、かがり火が燃えている。
かがり火に浮かぶのは、ひとり舞う誰かの影。
ののさまどちら いばらのかげで
ねんねをだいて はなつんでこざれ
なつかしい歌声……この声は……
大岩の上で舞う美しい姿は……
ああ、そうだ、思い出した。
ハニワくんと旅したときに出会った、水瓶の姫。
あの大岩は、工事で失われたはず。
「ゆずりの丘」には、
ずっと昔の王さま姫さまのお墓があって、
丘の大岩におねがいすると、
日照りに雨がふったり、
災いからかくまってくれたり、
きれいなお皿や器をかしてくれたりするのだと、
幼い日にぼくは、おばあちゃんから聞いた。
その大岩に立ち、ゆれるかがり火とともに、
たおやかに歌い舞う姫……この声、この横顔は、
「ふるさと博物館」の受付けのお姉さんに
そっくりじゃないか。
ミヤァ……
姫の歌と舞いが、ぴたりと止まった。
黒い子猫が大岩にとびのり、甘えるように鳴いた。
姫は、子猫をだきあげた。
ミヤァ……
ふと姫がぼくを見て、にっこりした。
「また会えましたね」
なつかしい、すきとおった声……
「あなたの助けがほしくて、使いを出したのです」
「え?」
姫の柔らかなまなざしが、ぼくをしっかりとらえて離さない……
ハニワくんはどうしたんだろう、と不思議に思った。
「ぼくの助け、ですか?」
水瓶の姫に仕えて助けるのは、
ハニワくんの役目のはずじゃないか……
姫は身をかがめ、腕にだいた子猫をおろすと、
かわりに大切そうにひとつの水瓶をささげ持った。
「あなたをここに導いたせせらぎは、この先、
大きな星の川へと流れつきます。
その川の向こうにいる太陽の姫に、
この器でくんだ川の水を、届けてほしいのです」
大岩の上の姫がひざをつき、さしだす水瓶を、
ぼくは両腕をいっぱいにのばし、受け取った。
かがり火が照らすその水瓶には、
花びらのような肉球のくぼんだ跡が点々とある。
丸みのある胴、くびれた注ぎ口……
これ、この水瓶、もしかして、
博物館の展示ケースに並んでいた、
ブルーグレイの須恵器?
ずしりと手ごたえのある古い水瓶を、
ぼくはまじまじと見つめた。
「太陽の姫は、眠りの病いにかかっています。
あなたが水を届ければ、きっと姫は目覚めます」
「きっと、と言われても……」
ぼくは大岩の上の姫を、とまどって見上げた。
「流れにそって行けば、わかります」
姫はほほえんで、暗い夜空に目をやった。
ぼんやりと白く天の川が流れ、いくつもの星が
きらめいている。
オリオン座、双子座……
ミヤァ……
黒い子猫が、身軽に大岩から飛びおりて、
ぼくの足にじゃれつくと、するりとかけだした。
「あ、まってくれ」
ぼくは、空っぽの水瓶をしっかり抱いて、
子猫を追った。
「わかりました、行ってみます」
助けてほしいと頼まれて、姫にそう返事したものの、
まったくおぼつかないままに。
子猫がかける、水音がとぎれずひびく。
ぼくはひたすら追いかける。
気がつけば、暗闇に大きな水面がひろがり、
目の前できらきらと波立ち、光っていた。
(あなたをここに導いたせせらぎは、この先、
大きな星の川へと流れつきます)
「これが、星の川?」
岸辺に、いくえもさざ波が寄せてくる。
「暗くて向こう岸がみえやしない」
大きすぎる川幅におどろき、あたりを見まわすと、
舳先に灯をともした小舟がいっそう、
渡し場につながれていた。小舟のかたわらには、
マントにすっぽり身を包んだ渡し守が、
のっそりたたずんでいる。
「あの、向こう岸までのせてもらえますか?」
声をかけると、マントの男は不愛想に一言。
「切符はあるか?」
「切符?え、えっと……これなら?」
困ったぼくは、上着のポケットから、
黄緑色のチケットをひっぱりだした。
オリオン座をしるした小さな紙片だ。
渡し守は、それをながめて首をふった。
「だめだな……切符の行く先がちがう」
「頼まれごとがあって、ぼくはなんとか
この川をわたりたいんです」
「向こう岸には簡単に行けるものではない」
男の顔は、マントにかくれて見えない。
「切符がないと舟には乗れませんか?」
ミヤァ……
黒い子猫が、いっしょに頼むように鳴いた。
ミヤァ……
子猫が渡し守の足元にするりと寄りそって、
ぶあついマントのひだをゆらした。
ミヤァ……
しばらく沈黙してから、ぼそりと渡し守が言った。
「どうしても舟に乗りたいなら、相撲の勝負をしろ。
もし私に勝ったら、向こう岸につれていく」
「ほ、ほんとですか?挑戦します」
ぼくは両腕にかかえていた水瓶を上着でくるみ、
渡し場からはなれた地面にそっと置いた。
もし割れてしまえば、姫が悲しむだろうから。
「頼むよ、これしばらく見ててくれ」
子猫に声をかけると、ミャーと良い返事。
「ぜったい勝ってやる、いきますよ」
「くるがいい」
渡し守はマントをぬごうともしない。
のっそりたたずみ、ぼくなど相手にしていない風情。
それでもかまうもんか……他に道がないのなら?
「本気でいきますよ」
ぼくは、力いっぱい足を前に踏み出した。