童話

カエルが夜になくわけは


ある夏の朝、古池のほとりに
きれいな花が咲きました。
朝焼けと夕焼けの色の花びらです。

朝焼けや夕焼けの空は
とおく高すぎるけれど、
咲いたばかりの花なら届く気がして、
古池のカエルが、
ぴょんとはねました。


はねたカエルがのばした手を、
やさしい笑顔がつつみました。
ワスレグサという名の花でした。

この花をみれば悲しみをわすれる、と
昔の人が名づけたままのうつくしさ。
夏の朝ひらき夕べにしおれる、
一日かぎりの花でした。

カエルは
ワスレグサの葉に座ったり、
茎にぴょんぴょん飛びついたり、
ありったけの歌を聞かせたり、
けろろけろろとおしゃべりしたり……
時がたつのもわすれ、
花の子とたのしく遊びました。

「夏の真昼、夕焼け色に咲くのは
今日をわすれないでほしいから。
昨日の涙はわすれましょうよ。
訪れる日暮れに目をとじたなら、
明日も咲いていられるか
わからないけれど」

日暮れ、ワスレグサは風にゆれ、
カエルにさよならといいました。
カエルは
「おやすみなさい、またね」
とこたえました。

「明日の夜明けが
若草色にもえたなら、
また会えるかもしれないわ。
もし水面(みなも)にうかぶ
金の毬(まり)をひろえたら、
夢の中で遊べるわ」

「……そんな言い伝えがあるの」
とワスレグサは、
ふしぎな言葉とほほえみで、
古池にもどるカエルをみおくりました。

そして次の朝がきて、
うつくしかった花はしおれ、
せっかく仲良くなれたあの子が
もういないと知って、
カエルは泣きました。

泣きはらしたカエルの目は、
ホオズキの実のように赤くなりました。

……もし水面(みなも)にうかぶ
金の毬(まり)をひろえたら、
夢の中で遊べるわ……

満月の夜、しずかな古池に
くりかえし飛びこむ水音が聞こえたら、
それは赤い目をしたカエルです。


「いくら水にもぐっても
月の光の毬(まり)はひろえず、
岸にはシダばかり生いしげる。

つめたい水は両手をすりぬける。
すべてわすれさせてくれる
あの笑顔には、もう会えないのか」

カエルは、ほほをふくらませて
大きなため息をつき、
けろろけろろと歌いはじめます。

朝焼けと夕焼けの色をまとい、
月あかりを知らなかったあの子……

カエルは赤い目のまま、
夜どおし古池で歌い、
ずっとまちつづけています、いつか
おとずれる若草色の夜明けを。

……明日の夜明けが
若草色にもえたなら、
また会えるかもしれないわ……

若草色の夜明けなんて
カエルは見たことも聞いたことも
ないけれど、ワスレグサの言葉を
わすれたくはないから。

それにみどりは
カエルの好きな色なのです。
いまも日の出をまちながら、
けろろけろろと
ないていますよ、ほら。


また会えたらいいのにね。



( 2022.8.29 Twitter より 8.30 加筆 )



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